第6回 実用的なリーガルテック・システム (Legal Technology Services Using AI) の実現を目指してー契約履行段階に対応する「状態」のベクトル化

前回、動産売買契約の構造が、売主と買主という当事者間の "the parties’ inter-related steps resemble old-fashioned ballroom dancing" だという Honnold 教授の見解を紹介し、売買契約書を生成し、その操作の内容が「人間に分かる (self-explanatory)」なシステムの構築可能性について検討した。

「相互に関連するステップ」は、グラフ理論の有向グラフによって表現でき、出発点から、契約の終了点までの経路が、ハミルトン・パスになるという定式化(行列の積)が利用できることも確認した。幸いに、Pythonのライブラリには、有向グラフを実現できるものがあることも紹介した。ここで、例えば、Incoterms 2020 のようなものを範型にして、フレームワークを構築し、その上で、様々な動産売買契約書のデータを補充していけば、動産売買契約書を生成する、説明可能なリーガルテック・サービスが実現できる。

今回は、その続きであるが、その前に、リーガルテック・サービスについて、3つの段階というか、3つのモジュールを措定する必要があること、簡単に確認してみたい。
第1のモジュールは、契約書作成(法律家のいう「起案」)モジュールであり、所望の契約書を作成してくれるか、契約書作成を補助してくれるものである。第2のモジュールは、契約の履行過程を管理してくれるモジュールである。契約書は、あらゆる事態に備えて、網羅的な条文を備えることが効率的、あるいは実際的でないこともあり、契約の履行過程で、例えば「納入先の倉庫の住所を、売主に通知しなさい」とかのガイダンスを生成するモジュールである。第3のモジュールは、「紛争解決(Dispute Resolution)モジュールとなる。これについては、後に検討する。

今回は、動産売買契約における第2のモジュールを検討する。

1.法律学

これも、Honnold 教授の Uniform Law for International Sales Under the 1980 United Nations Convention からの引用となるが、

§100 (b) Communications

Although numerous specific situations are covered by the above articles, it would have been difficult to anticipate and specify all of the circumstances in which communications are needed. These provisions may well evince a general principle calling for communication of information that is obviously needed by a trading partner in situations that are closely [page 107] analogous to those specified in the Convention.[38] (Provisions evincing a duty to cooperate are listed at §§323 and 342 (n.2).)

とある。Honnold 教授は、動産売買契約の当事者、つまり売主と買主は、協力義務 (Duty to Cooperate) を負っており、その中身は、Communication Duty あるいは Informational Duty であると述べられている。

前回掲げた事例の「倉庫渡し」 (ex warehouse)、

例えば、「倉庫渡し」という取引条件での売買契約を考えてみると、

①売買契約の締結
②買主による倉庫の住所の通知
③売主による運送業者の手配の通知
④買主による、倉庫への配達日時の指定
⑤検査、受領
⑥代金の支払い

でいうと、②~④は、「協力義務」、「情報義務」になる。

2.数式化

実は、「協力義務」とか「情報義務」は、Honnold教授の "the parties’ inter-related steps"のコロラリーであることが、「ゲーム理論(Game Theory)」を参照すれば分かる。

動産売買契約の履行過程は、「ゲームの表現形式のひとつであり、ゲームの木と呼ばれるグラフの形式で表現された展開型ゲーム(Extensive Form)」によって表現される。添付の図、参照。

法律学の分野でもよく参照される、Eric Rasmusen, Games and Information (Blackwell Punblishers) によれば、相手方当事者からの情報がなければ確定できない状況は、Information Set (情報集合)とか Information Partition を組み込むことによって表現できる。

また、例えば、動産売買契約における履行過程のある状態を、ベクトル化するとして、動産の所在地に注目すれば、売買契約の目的である動産が、契約締結時に横浜にあり、納入完了時に名古屋にあるとすれば、

開始時点の状態
V(s)=[、、、横浜、,,,]

履行終了時点の状態
V(e)=[、、、名古屋、,,,]

移動経路=V(e) -V(s) と通常のベクトルの差で表現でき、他の要素であっても、この「差」の生ずる要素については、「情報義務」が発生すると定式化できよう。

3.実装

前回紹介したように、Pythonのnetworkxというライブラリを利用して、動産売買契約契約書を生成するシステムが準備できていると仮定すると、さらに、Emukitとか、Githubのdecision-making-under-uncertaintyの中のライブラリをさらに利用することになると思われる。

4.結語

筆者は、1992年に、Duty to Cooperate under the Convention of International Sales of Goods というLL.M. PaperをHonnold教授に提出しており、その後半部分で、Game Theory にもとづく分析も紹介しているが、未完のままとなっている。

https://lnkd.in/gh5KnddM


最近、CISGにおける「協力義務」とか「情報義務」に関する研究を行われている研究者が現れ、さらに研究を進められているとのことであるが、注目していきたい。